お仕事お疲れ様です。
新型コロナウィルスCOVID19の影響を受け、全国各地で飲食店をはじめ客足が遠のき、最も負担の大きい家賃について、何とか減額できないだろうかとお考えの経営者、経理担当の方もいらっしゃる事と思います。仕事柄、貸主借主と接することも多いので、今回は借主さん宛てに一筆手に取りたいと思います。
金額交渉は双方にとって過酷です。何故なら片方が得をすれば反対側は損をする利益構造であるからです。そしてお互い平和な関係を臨んで商売文句と調子の良いことを言いながら契約、そして争いになった時には契約書を基に法的ルールで審判されていきます。口約束も立派な契約だ!と民法には記載されてますが証拠がないと第三者は判断できません。契約書と法律がすべてです。
つまり、「家賃まけてくれー」と言っても、貸主が「できません。」と言うのは至極当たり前です。
これを根本から覆すには、貸主側の返済に猶予が担保されない限り難しいでしょう。固定資産税の免除が一部提案されているようですが、大体家賃にして一か月分程度の免除にしかないならないので、これも大した救済措置にはなりえないと感じます。
それでも、借主であるこちらは何とかして家賃について免除してもらって事業を継続したい…そんな方たちに一つ足掛かりになれば良いなと思います。
一個人が唱える交渉前の基本的な話を載せてます。物件状況や契約書は契約書の数だけ種類があるので、「これは使えるかも…?」と思ったものは一旦保留にして周りの同業者、不動産業者、弁護士などあたって詳しくお調べください。
1.交渉の前に大家の立場を理解する。
2.契約書を確認する。
3.譲歩できる条件を整理する。
4.いざ交渉へ
5.終わりに。
以上5段落に分けて進めていきます。
1.交渉の前に大家の立場を理解する。
家賃を減額する必要は基本的にありませんし、した方が不利です。
理由は主に3つ。
①金融機関への返済と税金が待ってくれないから。
②家賃を元に戻す(増額する)事が至難の業だから。
③次の借主がすぐ見つかるから。
④投資物件としての価値が下がるから。
①金融機関への返済と税金が待ってくれないから。
どの業界も一緒ですね。
大家産業は基本的に戦略によって収入を増やしたりっていう事はできません。毎月一定額です。他業種と比べ事業展開に幅がないので金融機関も厳しい目でみてきます。
大家産業は、建物の構造や築年数、修繕の必要性、借入の金利と期間ほか数えきれない要素があるので一概には言えませんが、あくまで一般的な不動産投資として税金と返済含めた諸経費全部差っ引いて、1年間満額家賃を受け取ったとして家賃2か月分~4か月分が手元に残れば良い方かなと思います。
お金に余裕のある貸主であれば、半年滞納でも大丈夫なのでしょうが極々一部です。借主としてはあまり期待しないようにしましょう。
②家賃を元に戻す(増額する)事が至難の業だから。
借地借家法という借主にとって強烈に強い法律があります。めちゃくちゃ複雑でこの法律一本で本1冊分かけるぐらい分量があり、原則と例外のオンパレードですが超簡単に原則を書きます。
普通賃貸借契約において
(普通賃貸借契約と定期賃貸借契約については、「3.譲歩できる条件を整理する」で後述します。)
1.借主が「うち生計きついんで家賃増額は無理ですー」といえばほぼ増額不可。
家賃の増額を行う場合、貸主はまず借主に相談し通知します。この時交渉決裂になれば不動産鑑定士に相場調査を依頼→弁護士依頼→民事訴訟・民事調停など半年以上かけて手続きを行っていきます。この体力たるや…相応のコストもかかる為、基本しません。
2.借主が「退去はしたくないですー。」といえば、貸主は退去させられない。
賃料が多少遅延する事はあっても、払っている限りは退去させられません。退去させる場合には立退料として貸主側が相場でいう6か月分の賃料を借主に支払って出て行ってもらえる“かもしれません。”
3.減額交渉不可という条文は無効。
契約書にそんな事書いてあっても無効です。
良識のある貸主側からすれば「え?」ですが、大昔から貸主は権力を振りかざし過ぎちゃったので、非常識な貸主はズルができなくなり、良識な借主を守る法律ができました。しかし、良識な貸主は悪質な借主に食われるハメになりました。法律というお墨付きがあるので、最後追い込まれた時には権力を振りかざせます。
つまり、貸主は借主に対して家賃を下げるというのは戻しの効かない減収措置となる可能性が高いのです。
③次の借主がすぐ見つかるから。
実際、金を持った事業家は優良物件に飛び込む(又は買い叩く)大チャンスなので、虎視眈々と市場をみています。
空き物件が周辺に多い場合には、③の可能性は薄いです。あてにはなりませんが、参考になります。
④投資物件としての価値が下がるから。
かねてより不動産はその土地を使用する人が購入していたので「いくらでその土地建物が売れるか」を基準に売買してきましたが、不動産投資が活発になり始めは「購入価格に対して何%収益を上げられるのか」という視点での売買が浸透しました。(かぼちゃの馬車とか)
何も不動産を知らない方用に言うと、例えば月額40万円(年480万円)の賃料の入る物件であれば、土地建物が都市だろうがド田舎だろうが所在地関係なく、2500万円なら即売れてました。
480万円÷2500万円(表面利回り19%)
240万円÷1250万円(表面利回り19%)
つまり収益性重視で物を見ていくと、賃料が下がれば物件の価値も共に下がるので、将来売却を考えている貸主はやりたくないという訳です。
ここまで纏めます。
返済と税金は待ったなしです。減額しようものなら、どこまで引っ張られるか分からない。できることなら賃料満額入れてくれる借主を見つけたい。それがダメなら出てってもらって売却か、です。
2.契約書を確認する。
口頭でどんな約束をしようと証拠になりません。まずは賃貸借契約書です。
賃料、賃貸期間、免責事項、契約解除要項、特約事項…etc.
一字一句丁寧にすべて見直しましょう。
3.譲歩できる条件を整理する。
希望する月額賃料と支払猶予、その為にどんな条件なら飲むかを念頭に置き、整理していきます。
貸主も数多の借主をみてきて減額交渉は慣れてますので、少し余裕がある時の条件、本当に困って提示してくる条件のラインは分かりますし、あわよくば貸主から自分の想像以上の条件緩和を狙っている態度などは大体見透かされます。「家賃負けてくれー。」ではまだ計算すら済ませておらず、余裕があると判断されても仕方ありません。
貸主「では1万円下げる。」→借主「それだとちょっと…。」→貸主「ならいくらならやれるんですか?」と不毛な話になるだけです。
お互い前例のない緊急事態ですから、相手が納得する準備をして挑む事が大事です。
良識ある借主と思われていれば、現段階での経済状況と今後の見通しをきちんと説明し、〇〇万円減額して欲しい、その代わりに〇〇の条件を飲むと交渉すれば、聞く耳を持ってくれると思います。
【普通賃貸借契約から定期賃貸借契約に切り替える】
「1.交渉の前に大家の立場…②家賃を元に戻す事は至難の業」の部分でも少しお話しました。
普通賃貸借契約とは借主が事業の継続を望む場合は貸主は退去させる事ができません。家賃の滞納や禁止条項にあてはまる行為を行わない限り、居座る事ができます。詳しくは「普通賃貸借契約 正当事由」で検索して下さい。
家賃の増額は断る事ができ、退去もさせる事もできない契約が普通賃貸借契約です。これは借主側が圧倒的に有利です。貸主は退去の際には立退料を支払わなくてはなりませんし、物件の将来の運用は借主の一存で決定されるからです。
一方、定期賃貸借契約はあらかじめ賃貸借契約期間を定めておく契約です。期限を迎えると契約は終了し、その後の期間については貸主借主合意の元、再契約という扱いです。(契約更新とは呼びません、)
この場合、貸主側が有利な事から、普通賃貸借契約の賃料から2割ほど安くなるのが相場です。契約期間は、地方都市の中心部や都市部の一等地だと1年間または2年間のである事が多く、5年や10年など、両者の合意があれば契約できます。
普通賃貸借から定期賃貸借に切り替えるとは、つまり借主が希望すればずっと居座れる権利を捨て、〇〇年間の期間満了になったら貸主さんの裁量で出ていく事になる(期間満了後はその時決める。)という契約に切り替えるという事です。
~普通賃貸借契約か定期賃貸借契約かの判別について~
普通賃貸借契約の特徴は”賃貸借契約は〇月〇日から〇月〇日まで、以後自動更新”などど記載されるのに対し、定期賃貸借契約は”〇月〇日から〇月〇日までで契約を終了”などど書いてあります。
ご確認下さい。
【転貸禁止を緩和してもらう。】
原則、借主が次の新しい借主を見つけて貸しつける事はありません。貸主側がその新しい借主に対して強く意見を言う事が難しいからです。
これは賃料の振込が滞ってしまうならば仕方ないと貸主に思ってもらう必要があります。
緩和できた場合には、2者で一つの物件を利用し、経費削減して事業展開します。
火災保険の関係など、責任の割り振り方が非常に難しい事ですが、弁護士をつけて全般的にアドバイスをもらいつつ、新しい借主に対する定期賃貸借契約書の作成などを作成し、実行するのも一つの手です。
【連帯保証人を追加する。】
法人で契約している場合は、法人で借りて代表取締役が連帯保証人となるケースが殆どですが、全く別の組織に連帯保証人を追加します。配偶者や同組織内の連帯保証人では経営資源の移転等もできますからあまり意味がありません。
連帯保証人になってもらう人に対しては、”〇〇万円まで責任を負う”などあらかじめ上限を決めておき、貸主と連帯保証人に責任配分を明確化しておきましょう。
【買い取り請求権の放棄】
買取請求権は特約で無効にする事が可能なので、多くの貸主は契約書に明記してますが念のため確認しましょう。空調設備や内装工事など引っ越しができない物を借主の費用で造作し、まだまだ使えるのに退去するという場合には貸主に買い取りを請求できるケースがあります。この権利を放棄(退去後は貸主に所有権を移転する等)する事で賃料を安くしてもらえるよう持ち掛けます。
インフラ設備を整え、自分が退去した後に新品に近い設備を新借主が魅力的に感じ、入居が見込めそうであれば、相談できると思います。
【貸主の利用している金融機関に相談を持ち掛ける(貸主承諾の元)】
先にも挙げたように貸主は返済待ったなしなので、賃料を求めてきます。借主の収入がなくなる→貸主の収入がなくなる→返済が滞るという図式なので、金融機関が猶予を与えてくれるならば貸主も承諾しやすい訳です。このご時世なので、借主が抜ける事により次の入居者が決まらないような物件であれば、猶予をもらって返済に繋げてもらった方が良いと考える立場の人もいるはずです。
法務局で登記簿謄本を請求すれば貸主が利用している金融機関は分かると思いますが、内密に進めていくとトラブルに発展しますし、銀行側も姑息な人間には絶対味方しません。加えて金融機関は容赦なく貸主に返済を求めるので、貸主と借主で力を合わせない限り、万に一つの可能性もありません。貸主にまず相談しましょう。
自分が取引している金融機関と貸主が取引をしている金融機関が同一の場合は、スムーズにいくかもしれません。
以上です。
こちらで挙げた例の他にも契約書を見ながらご自身でも考えてみてください。そして自分たち借主の事業で、お金以外で貸主に還元できる方法もそれぞれ考えてみてください。
大切な事は、家賃の減額をさせてもらう代わりに異なった形で補填・信用の回復を図るという行為です。
そして、こちらで挙げた例は自分達の契約書と照らし合わせ、検討したのちには、必ず同業者・不動産業者・弁護士等に相談し、情報の精密度を高めて下さい。物件の数だけ契約の種類が異なります。
~番外編~
【敷金から差し引く】
これは借主が家賃を払えない際には一般的な手段として浸透してはいますが、貸主にとってはプラスマイナス0どころかむしろ損です。貸主の8割以上は敷金を運用又は返済に回しているので、毎月入ってしかるべきの賃料が入らない事は貸主側のビジネスに穴をあけることになるのです。
「敷金から引いてもらって構わないので!」というような事を言うと、一気に反感を買います。
【近隣物件と比較し減額を迫る】
最終手段ではありますが、貸主側としては最悪の一手です。一見有用に見えますが、屋根裏の補修や、劣化した配管の補修工事など何百万もかかっていたり、目に見えない内装設備に費用がかかっていたりするので一概に比較できないケースも多々あります。
貸主は減額交渉を迫ってきた日は忘れません。最悪「だったら出てっていいよ。」と言ってきます。運よく減額に至ったとして、それで年間収入を下げられれば退去時の敷金ほか何とかして取返しにくる可能性があります。以後、一般的には少々許されるような借主の過失でも「契約書通りにやるから。」と厳しい条件の元対応される事も増えるでしょう。本当に最終手段です。
4.いざ交渉へ
譲歩できる条件に整理がついたら、貸主側へ連絡します。不動産仲介を通して入居に至った場合には仲介社(仲介者)に連絡し、交渉したい旨を伝えます。このテレワーク推奨の事態ですが、会って交渉できれば一番ですね。テレワークは利にかなってますが、家賃減額交渉がそもそも利に敵ってない行為なので会って交渉できる貸主だと前向きに進む可能性が高いです。高齢の方がいる場合には、マスク装着の上、伺いたいと伝えましょう。
話し合いに漕ぎつけることができたら、こちらから条件を提示していきましょう。
新型コロナウィルスの影響下でこの先の収入に見通しが立たない事は承知ですが、貸主側が戦略立てて売上を回復させる事はできませんから、貸主は借主よりも更に収入の見通しが立ちません。
また、貸主側が各所に相談する際に、借主があらかじめ条件を提示した場合と、貸主が出した条件に借主が合意するのでは、第三者(組織内の決裁者や金融機関等)からの見え方が全く異なります。
貸主から新たな提案があった場合には即断即決はせず、一旦持ち帰り検討し直しましょう。快諾した後に特段な理由なく変更をお願いすると信用を落とします。
5.終わりに
交渉、合意が済んだ場合には必ず文面で合意書を作成しましょう。口頭であると必ずトラブルになります。賃料、期間、合意内容が明確に記載されていなければ責任の所在がすべて複雑になり得ますので、法的な知識もなく作成すると逆に自分に不利な合意書になりえます。
それと繰り返しますが、貸主は賃料の減額交渉に対し「できません。」というのは当たり前です。条件を飲んでくれた場合にはその分の負担はすべて貸主側にいくので、そこは承知して下さい。
借主が家賃を下げてほしいと言ってくる事は度々あっても、その条件を飲んだとして、のちに増額しても良いと言ってくれる借主は皆無ですから。貸主にも厳しい立場があります。
新型コロナウィルスが一刻も早く収束し、借主と貸主共にビジネスがきちんと成立する事を切に祈ります。
現在一部報道で、借主への債権を国が買い取り、貸主はその買い取ってもらった金額で返済。国は買い取った債権のもと、借主に対して支払いに猶予を与えるというモラトリアム法案が検討中との事。
それが実現すれば両者が一番良好な関係でいられるのになと願うばかりです。
頑張りましょう!